あなたはそのまま、そこにいて

口紅は、手に入ったときにはもう死んでいる。

店頭で見かけたとき、買って帰って家で眺めているとき。それが楽しいのであって、あのディスプレイから離れ、パッケージやケースから出て、口紅が「唇に付いた色」となったときには、もう、つまらないのだ。口紅には、手に入らないでいてほしい。店頭でキレイに並べられて「いいなぁ、持ってみたい。でも高い」って思うだけの対象のまま。それが口紅の価値なのだ。

私も口紅をいくつか買ったことはあって、まあ今数えたら二つしかなかったけど、一つは安いものだ。もう一つは、アルバイトを始めるからと奮発して、3,000いくらも出して買ったもの。色がピンクすぎて(多くの口紅はピンクだ)使いこなせなくて、あんまり使っていない。少しでも使い慣れてしまうと、「私が欲しがった口紅じゃない...」と思えてくる。そういうことを分かって以来、もうかわいそうだから自分ではしばらく買ってないんだけど、母が最近立て続けに私にお下がりをくれる。

手に入れたいと望むことなく、ふと手元にやってきたあのいくつかの口紅は、私にとっては口紅ではない。