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女の人の脚、足が好きだ。見られたくない仕草、きっと誰も見ていないであろうと思ってする仕草を見ているのもとっても好きで、おもしろい。

 

いつだったか電車の中でいいものを見たんだけど、今だにその映像を思い出して喜べる。

ストッキングにパンプスを履いた女の人が立って携帯をいじっている。一日ヒールで疲れたのだろう、パンプスを脱いで足の指を広げたり、指先を上にをぐーっと上げてふくらはぎを休めたりしているのを、私はじーっと見ていた。携帯に夢中でその人は私なんかに気づかない。

ストッキングから透けて見える足の指。目が離せない。どんな足の甲と指をしているのだろう。マニキュアは?やっぱり足とか指は痛いのかな、頑張ってハイヒール履いてたのかなぁ。帰ってくつろぐときは外反母趾を防ぐため指のあいだに入れるやつとか、やるのかな。

脱いだパンプスは、履かなければならない。どうする、履こうとしてるけどストッキングがするするとすべって履けない。かかとのところを踏んでつぶれてしまいそう、きっとその靴高いのに。ヒールが高いから、ぐらぐらして倒れちゃいそう...。降りる駅に着いてしまったので、私の記憶はここまでなのだ。

もし、その人が降りる駅に着きそうなのにパンプスが履けない!という状況だったらそれもおもしろかったけど、私に残された「いつあのパンプスを履けたのか」「なにを考えながら履いたのか」「もしかしたら電車が揺れてよろけて、周りの人に見られて恥ずかしい思いをしたかもしれない」という想像の余地や可能性は、とてもいい。

分からないことを残したまま、私は目をそらして電車を降り、ぺたんこ靴で帰っていった。疲れないから脱ぐこともない靴、おそらく靴下か黒のタイツだったから透けない足の指で。本当は好きな人に、あの女の人が私にされたみたいにまなざされてみたい。でも私が惹かれるのは、見られないだろうなって気を抜いてする仕草なのである...

 

あと足の甲の骨が見えるパンプスも好きだ。骨、ずっと見てしまう。パンプス用のあの浅くて脱げやすい靴下も、履くと厄介だけど見るのは好きで、世の女性たちの履くあれはどんどん脱げて困ってほしい。

こんな気持ち悪い文章を書く気になったのは、最果タヒさんの詩集とエッセイを読むようになったからだ。『夜空はいつでも最高密度の青色だ』のあとがきで、「あってはならない感情なんてないのにその感情を押し殺す、そういう人の姿が好きだ。人は自分がかわいいということをちゃんと知るべきだ」ということを言っている。『きみの言い訳は最高の芸術』の中でも、「人が嫌いな食べ物について話しているのを聞きたい。その食べ物に遠慮することなくどんどんけなしてほしい」と。

あんまり人に言えないような感情や、これを見聞きするのが好きだ!というものについて、どんどん書いていこうと思った次第である。